二俣川沿い「浅間山」崖崩れによる倒木撤去作業の様子です。

二階から撮したので見ずらいですが、作業されてる方の小ささで、崩れた箇所の大きさが解ると思います。

川を渡るユンボ

倒木を細かく伐り、何度も対岸へ運んでいました。

一応、二俣川は一級河川なので国の仕事、山肌哀れ、土少なく岩盤だったのが解り、木々が再び滑り落ちそうな景色に変わってしまいました。
現在の二俣川
同じ位置で 大雨の後
*何処でも起こりうる災害、備える手立ては、難儀点の多い事... 天変地異が起こらぬ事を真に願います。
(崖崩れ様子の内容は5月11日記載)
時々見かける二俣川は、ブログの「現在の二俣川」の状態ばかりでした。
「同じ位置で 大雨の後」の状態は想像できませんでした。
一級河川とゆうことで、納得できました。
こんばんは。
的確なリポート お見事です。
よ~く分かります。
生き物係かと思っていましたら、社会派だったのですね。
あのステキな桜の堤防のちょっと先なのですね。
雨の季節を前に神経質にならざるをえませんね。
大量の土砂が川に流れ込んでとなると、恐ろしいです。
来年も美しい桜と、鮮やかな山吹が変わらず見られますように。
もう、梅雨入りも間近、
二次災害にならないとと思います。
緑があるっていいと見るけど
茂み過ぎで斜面も絶えるのが大変じゃないか?って思った。
kさんっちの2階からの景色写真、
穏やかと そうでない時の差
近所でも見れないものを見せてもらいました。。
バンデン様**
再びのコメントを頂きまして、ありがとうございます。
少し昔話を書きますね
江戸時代1766年前、二俣川から天竜川の出入口は湾曲していて、
幾多の逆流による氾濫で、田畑、人々の営み脅かされていました。
当時の村長、袴田喜長によって天竜川に灌ぐ二俣川直線の大工事、
鳥羽山の掘り割りなど、25年の歳月を費やし、1791年完成させた
歴史が残っています。
私財を投じ、二俣の町、人々の為とは云え、立派な方と思います。
その偉業は現在に繋がっていて、川の流れは天竜川に灌がれ続いて
います。
その時もあった浅間山が、この度崩れたのです。
本流天竜川にはダムが点在していて、放流の際には間接的に二俣川の
水位が上がります。七夕豪雨のような雨、梅雨時はやはり怖いです。
穏やかな流れが幸福を導きそれを見続けたく思います。
がってんポンちゃま**
そう~なの、あの桜の直ぐの所、川に水がないときは歩いて10歩(^^)
津波で怖いのは海、思い知らされましたが、川は雨で姿を変える
川沿い住民は肝に命じて居らねばね
来年も桜、ヤマブキは咲くよ 何事起ころうと植物は強し、
悩める人より強いね
生き物係り(^o^)社会派ってナイナイ
あまり素直でなかった昔々の自分、年を重ね、感じたままの思いを
表現するようになりました。そうするとラクなんです。
もうすぐ、乙女ちゃんが自由の身に(^^) ポンちゃまにお任せよっ
\(^^)/
流石一級河川。
都田川は二級河川だよ。
お国の工事で見映え良く直して欲しいね。
いつも窓辺で見るのに気持ちが良くなるようにね。
岩盤の上の土は、岩との境で滑るのよね。
それだけ凄い雨が降ったって事だよね。
我が家の下も岩盤だよ。
地震の時は揺れが少ないけど、雨でずるっとは・・・なるのかしら?
怖い怖い!
ヒロさん**
川を見ると否応なしに、崖崩れが目に入って来る
今度見てこ あ~大雨の後もね
普段の二俣川の流れは穏やかな気持ちに誘ってくれたけど
「あ≈≈≈」だよ これ以上崩れない事を祈るし願う
二光滝の辺りにホタルが居るらしい、少々のウイスキーを片手に
寝静まった二俣川を眺めてる人有り(^^)
夜中の訪問、思い出しちゃったよ(^^)
いちごいちえの乙女ちゃん**
この山の所有者が居てね、しかも数名 私財は県市区もお手上げ
このままだと思うよ コンクリートで固められてもさ(..)
出来るなら土を盛って植林とか、寄付を募れば「はい、どうぞ」
するよ(^^)
岩盤の上に立つ家は地震に強いと聞く、だけど岸壁の上の家、
ズルっは怖いよね まあ、滅多なことは起こらんと信じて。。
もうすぐ、あと4日寝ると6月だね(^^)
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